SL系脚本、物語
2007年07月18日
■70年前のセカンドライフ■ 15
窓の外には広い芝生。上空に乳白色の雲。もうすぐ本格的な夏がやってくる。芝は鮮やかな緑に色づき、そのキレイに整備された公園の中心には、真ん丸の噴水が粒の細かい水しぶきを輝かせている。
私の目の前には、時代遅れの無骨なスツールに腰掛けている女性。もう百寿になろうかというお方だが、とてもそうには見えない。
「当時の世界について教えて頂きたいのですが・・・」
私の目の前には、時代遅れの無骨なスツールに腰掛けている女性。もう百寿になろうかというお方だが、とてもそうには見えない。
「当時の世界について教えて頂きたいのですが・・・」
「70年も昔だからね。もう、ほとんど覚えていないよ。」
もともと、半世紀以上昔の情報が、正確に残されていることなんて期待していない。
が、狼顔の編集長から、『何でもいいから記事にできそうな話を聞いて来い』とせっつかれた手前、手ぶらで帰るわけにはいかない。
「当時はシステムが不安定で、『テレポート』しただけで落ちる事もあったとか?」
予想外に、彼女はよどみなく答えた。
「それはもう。そんな事は日常茶飯事。一日に何度もリログしていたよ。テレポが億劫になって、ずっと同じSIMにいたわ。」
「今じゃとても想像できないですね。」
編集室にあった古いNoteにも書いてあった。その頃は頻繁にトラブルが発生していて、なんの前触れもなくログインできなくなることもあったそうだ。事前に調べておかなければ、彼女の話を信じることができなかったと思う。
「トラブルが起きる度にみんな大騒ぎよ。リンデンドルがゼロになったとか、在庫目録から大切なものがなくなったとか、本当にもう、いろいろ。」
「『在庫目録』ってなんですか?」
「ああ、ごめんごめん。その名前はもうとっくに使われていないものね。アイテムリストの事よ。今とは違って、クライアントのほとんどはリンデンからダウンロードして使っていたの。その時に使われていた日本語訳が『在庫目録』ってわけ。こんな言葉を使っているから、すっかりおばあちゃん扱いされるんだわ、私。まあ、実際におばあちゃんだけどね。」
そんなやり取りがしばらく続いた。気づくと、さっきまで浮かんでいた雲は橙色にそまり、もう太陽が沈みかけていた。
「『東京タワー』って知ってる?」
今日始めて彼女から話題が切り出された。
「『東京タワー』ですか?もちろん知っていますよ。昨日、取材してきたばかりです。」
「ちがうわ。本物の東京タワー。リアルの東京にずっと昔あったタワーの事。」
「え?あれ、リアルのものだったんですか?てっきりIn Worldで作られた物だと・・・ エッフェル塔がリアルにもあった話は聞いていましたけど、まさか東京タワーもそうだったなんて。」
「きっと知らないと思って、聞いてみた。あはは。」
彼女の笑い声に電子音のメロディーが重なった。音の主は壁掛け時計。
「なんだか、とぼけたメロディー・・・」
その真四角の壁掛け時計はちょうど6時を指している。
「もうこんな時間なんですね。そろそろ失礼します。今日はいろいろと教えてくれてありがとうございました。」
「とんでもない。こんな老いぼれでよければいつでも。ところで、これからあんたはどうするんだい?」
「会社に戻って、記事をまとめます。かなり多くのお話が頂けたので、うれしい悲鳴ですよ。ところでFujiyamaさんは?」
「今夜はリアルに戻るとするわ。古い人間だから、週に一回はログアウトしているのよ。」
「なるほど・・・」
「今、『原始的』って思ったでしょ? 私がセカンドライフを始めた頃によく聞いた言葉を教えてあげる。『RLあってこそのSL』ってね。若い人にはわからないかな。」
正直、わからない。でも、この場で反論するのもなんだかメンドウだ。
「そうですね。気が向いたらそうしますよ。では、今日は貴重なお話をありがとうございました。」
「はーい。じゃ、またねw」
そういって、彼女はピンクの帽子とともに、ふっと消えた。目の前で人がログアウトする事は殆どない。これも貴重な体験。
なんだか不思議な気持ちで、彼女の居ない彼女の自宅を後にする。
噴水のパーティクルもオレンジ色に変わっていた。
もともと、半世紀以上昔の情報が、正確に残されていることなんて期待していない。
が、狼顔の編集長から、『何でもいいから記事にできそうな話を聞いて来い』とせっつかれた手前、手ぶらで帰るわけにはいかない。
「当時はシステムが不安定で、『テレポート』しただけで落ちる事もあったとか?」
予想外に、彼女はよどみなく答えた。
「それはもう。そんな事は日常茶飯事。一日に何度もリログしていたよ。テレポが億劫になって、ずっと同じSIMにいたわ。」
「今じゃとても想像できないですね。」
編集室にあった古いNoteにも書いてあった。その頃は頻繁にトラブルが発生していて、なんの前触れもなくログインできなくなることもあったそうだ。事前に調べておかなければ、彼女の話を信じることができなかったと思う。
「トラブルが起きる度にみんな大騒ぎよ。リンデンドルがゼロになったとか、在庫目録から大切なものがなくなったとか、本当にもう、いろいろ。」
「『在庫目録』ってなんですか?」
「ああ、ごめんごめん。その名前はもうとっくに使われていないものね。アイテムリストの事よ。今とは違って、クライアントのほとんどはリンデンからダウンロードして使っていたの。その時に使われていた日本語訳が『在庫目録』ってわけ。こんな言葉を使っているから、すっかりおばあちゃん扱いされるんだわ、私。まあ、実際におばあちゃんだけどね。」
そんなやり取りがしばらく続いた。気づくと、さっきまで浮かんでいた雲は橙色にそまり、もう太陽が沈みかけていた。
「『東京タワー』って知ってる?」
今日始めて彼女から話題が切り出された。
「『東京タワー』ですか?もちろん知っていますよ。昨日、取材してきたばかりです。」
「ちがうわ。本物の東京タワー。リアルの東京にずっと昔あったタワーの事。」
「え?あれ、リアルのものだったんですか?てっきりIn Worldで作られた物だと・・・ エッフェル塔がリアルにもあった話は聞いていましたけど、まさか東京タワーもそうだったなんて。」
「きっと知らないと思って、聞いてみた。あはは。」
彼女の笑い声に電子音のメロディーが重なった。音の主は壁掛け時計。
「なんだか、とぼけたメロディー・・・」
その真四角の壁掛け時計はちょうど6時を指している。
「もうこんな時間なんですね。そろそろ失礼します。今日はいろいろと教えてくれてありがとうございました。」
「とんでもない。こんな老いぼれでよければいつでも。ところで、これからあんたはどうするんだい?」
「会社に戻って、記事をまとめます。かなり多くのお話が頂けたので、うれしい悲鳴ですよ。ところでFujiyamaさんは?」
「今夜はリアルに戻るとするわ。古い人間だから、週に一回はログアウトしているのよ。」
「なるほど・・・」
「今、『原始的』って思ったでしょ? 私がセカンドライフを始めた頃によく聞いた言葉を教えてあげる。『RLあってこそのSL』ってね。若い人にはわからないかな。」
正直、わからない。でも、この場で反論するのもなんだかメンドウだ。
「そうですね。気が向いたらそうしますよ。では、今日は貴重なお話をありがとうございました。」
「はーい。じゃ、またねw」
そういって、彼女はピンクの帽子とともに、ふっと消えた。目の前で人がログアウトする事は殆どない。これも貴重な体験。
なんだか不思議な気持ちで、彼女の居ない彼女の自宅を後にする。
噴水のパーティクルもオレンジ色に変わっていた。
フィクションです。
Other Stories
Posted by fujiyama at 18:11│Comments(0)
│☆Fujiyamaの本棚☆
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。